二十日鼠と人間 OF MICE AND MEN
2018年10月16日(火) 開演13:30 at 東京グローブ座
※ツイッターからの再録は「ツイ:」と頭に付けます。
原作を昔々(たぶん25年ぐらい前)に読んだことはあって、でもどんなストーリーだったかほとんど覚えていなかったので、いい感じに初見みたいな状態で観劇したのですが、観ている途中でだんだんいろいろ思い出してきて、あー確か奥さんが死んじゃうんだったかな。。というところまでは思い出しつつ観ました。でも結末…スリムの言うところの「助けてやれる方法」っていうのが何だったか、そこまでは記憶がよみがえってこなかったので、どうするの?どうするの?というまた初見状態で最後まで引き込まれながら観ておりました。
ツイ:『そのシーンではほんとに目を覆いたくなるような悲しさっていうかつらさっていうか』。←うん。客席で観てる私達からは、ジョージが何をしようとしてるのか、その動き、表情、全部見えてて、しかも、舞台上・客席含めたこの空間内でレニーからだけはそれらが一切見えてないというところも、またいっそう悲しかったね。レニーだけが何も知らなくて無心にはしゃいでる。ここがやはりピークであり、この物語全体を象徴するシーンだったなと思いました。こうなることはわかっていたはずなんだ…みたいなことを劇中でジョージが言ってた(と思う)けど、じゃあ、いったい事前にどうしたら良かったのか?でもこの時代の労働者たちの境遇、農場の飯場という狭い空間でしがらみ合う人間関係、そういうものはもう、例えばジョージがいくら頭を働かせて気を回したりしても、うまく避けて通ることはできなかったんじゃないか…1人の人間の力でどうこうできるものではなく、運命みたいな大きなものに取り込まれる、絡め取られていくしかなかったんじゃないか…と思いながら、私は観てました。特に一幕の二場(飯場)のあたりは、観ながらわりとずっと「濃密…」と思ってた。濃密な人間関係。狭い中での。人物たちの相関としてはそんなに込み入ったものじゃないんだけど、何ていうか、それぞれの人物たちのちょっとした思惑とか背景とかが、絡み合ってるな〜という感じだった。
あと個人的に刺さったのは、夢を見ることの功罪とでも言いましょうか、夢を持ったばっかりにそのことによっていろいろな歯車が狂っていくというような構造。夢なんか持たないで淡々とその日その日を過ごしていればよかったのかもしれない、でも、夢を持って語り合って、いつかその夢を叶えるんだっていう希望を持って…っていうこと自体が夢のある楽しいことでもあるし、そうでもしないとその日その日を乗り越えていけないのかもしれないし…夢は見たほうがいいのか?見ないほうがいいのか?というところも、私にとっては考え込んでしまうようなテーマが提示されたという感じだった。うーん。ほどほどに夢を見る、というのが最善なんだろうけど、その匙加減はふとしたことできっとバランスが崩れるものなのだろうし、劇中で描かれていたように急にその夢に手が届きそうになって、それまで保たれていたバランスが崩れて、ゼロどころかマイナスにまで後退するってこともあるだろうし。うーん。うーん(-w-)とだいぶ深い刺さりようだった。この物語はいろいろな要素が含まれていて、観る人によって引っかかるポイントはそれぞれだろうけど、私にとってはここが避けて通れない要素だった。夢見がちの四十路としては(-w-)y-~~
まあ今後もほどほどにということを心がけたいと思いましたよ。←夢を見ることはやめないらしい(苦笑)
登場人物たちのうち、まずジョージについて。つまり三宅さんについて。
ツイ:『三宅さんの表情すごかった。。個人的にすごいと思ったのは、カーリーの奥さんが死んでることを確かめて、ああ…ってうなだれた時の横顔。。怒り?悔しさ?自分自身への?そういう感情を横顔で伝えてた(私が言葉で何て書いていいかわからないだけで、その時のジョージの胸中は手に取るようにわかった)』
↑私の席がG列(B列が最前だったと思うので実質6列目)のほぼど真ん中で、舞台全体が大変見やすく、しかもジョージは舞台の真ん中あたりにいることがほとんどだったので、その一挙手一投足をつぶさに見れた気がしました。上記のシーンでのジョージはやや上手側にいるのですが、横顔で放出する感情すごかったな。。横顔だからかえって強く伝わるものがあったかもしれないな。カーテンの隙間からすごいもの見えちゃって印象が焼き付くみたいな(←?(^w^;))そういう効果もあったのかもしれない。強く絞られるような、怒り、悔しさ、そういったものがないまぜになった感情、とてもよく伝わりました。
あとやっぱり、最後のシーン、涙にくれながらレニーに「前向いてろ!!」(←うろ覚え<(_ _)>)と叫ぶように言うところとかも、非常に胸に迫るものがあった。。ジョージって、レニーを疎ましく思いながらも、その反面、もしかしたら弟みたいにかわいがっているような心情もあったのかなと思うと、なんでこんなことになったんだろうっていうのが本当にやりきれなかった。ジョージは劇中だと頭が働くほうの人物として描かれていたと思うけど、実際はそこまでじゃないっていうか、全然ヒーローっぽくもなくて無力。ジョージだけじゃないんだけど、この物語は、ヒーローっぽい人はほぼいなくて、全員が全員、無力だったなぁ。ちょっと裁定者っぽいスリムも、結局は多数派のほうにおもねる?みたいに見えたシーンもあったし、全部ひっくるめてそれが「MEN」=人間、って感じだった。最初のほうでのジョージのずっとイライラして怒鳴り散らしてる感じとか、そういう器の小ささみたいな演技も、三宅さんよかったと思う(イライラしてる時の声とか顔はちょっと怖かった…)
ジョージのビジュアル覚え書:茶系チェックの長袖シャツ+サスペンダー+ブルージーンズ+茶色革靴(ブーツ?)。ハットをかぶるシーンもあり。シャツの茶系チェックはこのページの壁紙にお借りしてるような柄で、ちょっと緑っぽい線も入ってたかも。ハイウエスト気味のジーンズで足の長さが際立っておられました…!あと髪の毛はちょっとロン毛っぽい感じまで伸びた状態で、明るめの茶色に染めてて、カーテンコールで深々とお辞儀してた時に頭のてっぺんがしばらく見えてたんだけど、髪の根元だけ黒くて、なんか私がファンになったばっかりの頃、こんな感じだった時あったかもなぁ…などとなつかしく思ったりもしました。←個人的感慨にて<(_ _)>あと、ホイット(瀧川さん)が「ケンカする?しない?どっち?」みたいな感じでジョージの顔をのぞき込む、っていうシーンがあったんだけど、三宅さんはここ笑いどころなのかと思いきやぐっと飲み込んだ(?)みたいな感じに一瞬見えて、全体的にシリアスなトーンの劇中で1か所だけここが、「三宅さん」に戻りそうな瞬間だったのかなぁという気がしました。
ジョージ以外の登場人物について。出演者の皆さん全員すばらしくて物語の世界に完全に引き込まれて観てましたが、個人的に特に心に残ったのは、老人キャンディ(山路さん)が、カーリーの奥さんの遺体を見つけてジョージに相談した後に、1人で皆を呼びに戻っていく時のシーン。皆は外で蹄鉄投げをしているという場面なので舞台上にはおらず、つまり舞台袖に向かって1人でハケて行くという動き(後ろ姿)なんだけど、ものすごくゆっくり歩きながら、おーい…みんなぁ…大変だぁ…みたいな台詞を言って去っていく。ほんとは「おーい!みんな!大変だー!!」みたいな感じで、奥さんの遺体をいま初めて見つけたみたいな芝居をしながら皆を呼びに行くってジョージと相談してたはずなんだけど、そんなエネルギーは到底なく、自分のつかみかけた夢が破れ去ったことに打ちひしがれて声を絞り出すのがやっと、走って行くことはおろか足を引きずるようにして歩くのが精一杯…というシーン。この時の動き、声、その後ろ姿、すごいたっぷり時間を使ってて、時が止まったかのような感覚で私は観てました。すごかった。舞台観ててそういう感覚になったの初めてかもしれない。
紅一点のカーリーの奥さん(花乃さん)、確かに粗野な男どもの中にあって唯一の女性の登場人物で、舞台上に出てきた時の華やぎはまさに「紅一点」って感じなんだけど、その実、諸悪の根源みたいな存在だったね。役柄上は。でも見た目の可憐さ、華やかさはすごかったな。最初の衣装の時に履いてたショッキングピンクのファーが付いたサンダルがすごかった(笑)華やかっていう言葉以外の何物でもなかった。観劇した後に原作読み直してみたら、この人もまた男どもに負けず劣らず粗野な印象(まあ文章で読んでるからビジュアルなしでの印象…色気たっぷりではあるけど話す言葉の感じとかはかなり粗野な人)だったけど、花乃さんが演じてる人物は粗野というよりも「軽い」という印象だった。「存在の耐えられない軽さ」みたいな。干し草いっぱいの納屋でレニーと話してるシーン、2人ともべらべらしゃべってて話が弾んでるふうなんだけど、2人とも自分のことしか話してなくて、でもまあこの人(名前が提示されてない)とレニーとではちょっと種類が違うんだけど、この人の軽さ、空っぽさは見てて薄ら寒いというか悲しさすら誘うほどの軽さだった。中身が空っぽってこういうことなのか…っていう人物。衣装3回替えたよね、劇中で3着。カーテンコールの時はまた1着めの衣装に戻ってた。着替えるねぇ!!と思った(笑)そういう人物ってことなのかなと思いました。
あと、気になった点というか。クルックスという人物は黒色人種だから今まで誰もその部屋には入ってこなかったんだけど、レニーと、そのあとにキャンディもその部屋に入るといういきさつになって、その時のやりとりにちょっと笑いの要素みたいなのが入ってて、それは…いいの…??と個人的には思った。人種差別ってそんな笑いの要素にしていいことではないような。部屋に入るか入らないか、座るか座らないか、という些細なことではあるんだけど、だからこそ、そんな些細なところにも差別の根が深く入っているわけで、それを言わば門外漢である日本人が笑いにしていいのか?というところが気になった。昔読んだ文章で、例えばあるコミュニティの人たちが自分たち自身のことを自分たち自身で笑いにするのはいいけど、別のコミュニティの人がそれを笑いのネタにするのは許容されづらい、という内容が書かれてて、読んだ時に確かにそうだなぁと思ったんだけど、今またその文章を思い出したりもしました。私も差別についてそんなに詳しいわけではないと思うけど、個人的にはちょっと笑う気にはなれないシーンだった。こういうことを考えさせるためのシーンということならいいんだけど。そうであればこの段落に書いたようなことは言わずもがなですけどね。。あるいは何か他の意図があったのか。私が受け取れてないようでしたらごめんなさいね。まあ個人の感想ということで。
他、覚え書、思ったことなど。
ツイ:『覚え書:開演13:30 休憩15:05から15分間 終演 16:30 あと音楽が生演奏だった!奏者さん2人、舞台下手側にピット。お1人はアコギ+ハーモニカ、お1人はバイオリン。カントリーミュージックよかった』
↑2幕で約2時間45分、休憩含めて約3時間。でもあっという間だった。濃密でタイトな作品だった。このツイートで書いたように劇中音楽は生演奏。開演の時、客電が消えて、冒頭が生演奏始まりだった。奏者のお2人の衣装もカントリーっぽいお召し物で、物語のその時代、その世界に連れて行ってくれる感じだった。あとそういえば、劇中とか幕間でのセット転換の時に物を運んだりするスタッフさん?達も、そういうカントリーっぽい感じの服を着てて、そういうとこまで統一されてるんだなーと思いました。出演者さん達も自ら物を運んだりしてたけどスタッフさんもいたよね、女性の人もいたもんね。←見間違いだったらすみません<(_
_)>
ツイ:『カーテンコールは3回。3回目は三宅さんとレニーの章平君が2人で出てきて、章平君が三宅さんをお姫さま抱っこ(^o^)三宅さんはにこにこするでもなく口元だけで少しニヤリぐらいの感じ(笑)』『まあ結末が結末だからね』
カテコ3回っていうのは決まっている(演出の鈴木裕美さんのご意向)と三宅さんがラヂオで言ってた。お姫さま抱っこっていうのも裕美さんのご意向含めてそう決まったとのこと。物語の結末が衝撃的なので、その流れでそのままカーテンコールっていうのもなんかな〜ってことでお姫さま抱っこを入れたらしい(←やや意訳)ラヂオの日記でレポされてる言葉をお借りすると、『2人の(=ジョージとレニーの)幸せだった時の』関係性を象徴的に表してるってことかな。
1回目か2回目?もしくは3回目?ちょっと忘れたけどカテコの時、三宅さんは、左、右、真ん中、あちこち客席を見てくれてるんだなぁと思った(^w^)
ツイ:『そうそう観劇後にアクスタお買い上げした。キュートなほう。舞台上の作品自体とのあまりの違いにくらくらきてお買い上げした(笑)』
観劇前にパンフ、観劇後にアクスタお買い上げ。アクスタについては『観劇後でも買えるんだったっけ…できれば舞台自体を観てから考えたい…』とツイッターには書いてたけど、考えるとかじゃなくて熱に浮かされるようにして買った(笑)ふらふらと。くらくらと。作品本編とあまりに違うっていうかもう異次元の産物。特に「cute」のほう。観劇する前には、舞台自体が良かったら…アクスタが作品のテイストと合ってたら、記念に買おうかな…とか思ってたんだけど、観劇後の私にとってはそんな考えももう異次元の彼方だった(笑)
まとめ。
←ウサギ。レニーがお世話をしたくてしたくてたまらなかった、でも叶わなかったウサギ。このページのそれぞれのパラグラフの先頭に置いたアイコンは、レニーがなでた(なでたかった)触り心地のいいもの、そして、それそのものの命や、ジョージとレニーの夢、キャンディの夢、ついにはレニー自身の命を失うことにつながってしまったもの。ほんと、触り心地のいいものをただなでていたかっただけなのに、それが全てを壊してしまったね。ジョージ始め周りの人たちもそれを止めるすべがなかった。みんな無力。レニーの物理的な力だけが強大。そんないびつな物語だったなぁと思いました。あと、観劇前に見た裕美さんのツイートに「役者さんを見せる舞台になると思います」みたいなことが書かれてて、具体的にはどういうことなんだろうと思って楽しみにしてたんだけど、物語の登場人物としても、役者さん達としても、全員の輪郭がくっきりしてるという感じですばらしかった。←あまり具体的ではない感想だけどそういう印象でした。
三宅さんは喉が大変そうだなと思う台詞の量、声量、出番の多さだった。特に一幕。ラヂオでも喉のことおっしゃってましたね。これを書いている今はもう東京公演大詰めという時だけど、残りの公演も喉や体調にお気をつけて演じ切ってくださいませ(^w^)旦~~


|