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ミュージカル アメリカン・サイコ AMERICAN PSYCHO the musical
2025年4月7日(月) 開演14:00 & 8日(火) 開演13:00 at 新国立劇場・中劇場
※X(旧ツイッター)からの転記は「X:」と付けます。
※諸々記憶違いの可能性もありますのでご容赦のほどお願い致します<(_ _)>
X:『️通路沿いなんだけどそれこそ前回のような期待はしない(固い誓い)』
4/7は16列・上手側の端、4/8昼は7列・中央ブロックと上手側ブロックの間。どちらも通路沿い。期待しますって(笑)昨年が昨年だっただけに。でもさすがに2作連続でそのような演出ということもないだろうなとは思ったので、固い誓いどおり、ほぼ冷静な心持ちで臨んだけど、期待というものがあったとしたら半分ぐらいは叶えられたという感じだった。後述。けっこう大興奮だった(笑)
4/7開演前は物販まあまあ並んでた…キャッシュレス列と現金列があって、現金だと待ちなしで買えたんだけどキャッシュレスのほうはまあまあ並んでて、もう開演時刻も迫ってたので、終演後も買えますか?とスタッフの方にお聞きして、買えますとの旨を確認。ちなみに休憩時間にも売ります~とのことだったので、パンフは幕間の休憩時間に買いに行った。端の席ですぐロビーに出れたのですぐ買えた(笑)キャッシュレスでもほぼ待ちなし。パンフ2500円。オリジナルトートバッグ(1500円)はどうしようかなと思ってたんだけど、やっぱりこわいので買わなかった(-w-)
X:『こわいな~こわいな~この模様こわいな~(笑)どうしよ(笑)でも内容を知らない人にとっては全然こわくないというおしゃれさがある』←そう~おしゃれさがあるんだけどね~。知らない人にとっては赤の楕円の水玉。でも知ってる人にとっては血だまり。うーんやっぱりこわい。。トートの生地が半透明のビニール地=レインコートだしますます(・w・;)そんなわけで結局買わなかった<(_
_)>パンフはオンラインでも買えます。PARCO STAGE SHOPのページこちら(2025年05月30日17時00分まで)。バッグは会場での販売のみ。
上演時間はこちら。


←劇中のくまちゃんこんな感じの色だった?もうちょっとベージュっぽかった?ベージュ寄りの薄いピンクっていうイメージが残ってるけど記憶の捏造だったらすみません<(_
_)>そんなくまちゃんについては後述。
今作の感想はどういうふうに書いていこうかなと考えた末、Xに投稿してたポストをいい感じに並べながら書き進めていこうかなと(いい感じ=自分基準)まずは我的1公演目・4/7の幕間と終演直後の感想から。
X:『幕間~~当然のように主人公には全然感情移入できない(笑)クズだけど裏切りのゆうちゃんみたいにかわいくないしまじでつまらない奴。。華やかな面々の中でその異物感がよく出てると思う』
一幕だけ観た段階では↑こんな感じ。なんかもう冒頭から、何言ってるか半分ぐらいわかんない感じだった(笑)ブランド名の羅列みたいな。それでこれが「パトリック・ベイトマンであることの全てだ。」と言われましても(笑)物の名前言ってるだけじゃねーかっていう(笑)すごいよ~空っぽ感がすごい。仲間たちみんなそんな感じだったよね。。パトリックの目の上のたんこぶ的な存在のポール・オーウェンも、あとパトリック自身も、「人の名前と顔を覚えてない(間違えてる)」ってとこに、中身のどうでもよさ(という人間性)が端的に表れていたのかなと。でも誰しも、いくら素敵なものを身につけていたとて、素敵な名刺を持っていたとて、すべて脱いで裸になった時が勝負だと私は思っているので(それもどういう思想って感じだけど(^w^;))このパトリックのブランド志向っぷりはイコール空虚さ、空っぽさそのものだった。だがしかしこの人は脱いでもすごいのだった(笑)次の項で書くけど(笑)いや~でもそういうことでもないのよ。何も身につけない、何も持たない状態で、いかに内側からにじみ出てくる魅力があるかってことなのよ(力説)肉体の見た目が美しくても、鑑賞するならいいけどたぶん付き合ってもつまらないだろうなぁ、最初はいいかもしれないけど飽きるだろうなぁっていう。。お腹ぽよってなってた「裏切りの街」のゆうちゃんはかわいくて私はゆうちゃん担になり果てたけど(笑)その時とは全然違うなという感じだった。まあゆうちゃんも「魅力」があったのかって言われるとちょっとあれだけど。。私が毎日2000円あげたいだけだったかもしれないけど(-w-)まあとにかく、そんな80年代当時のアメリカのヤッピー、日本で言えばヤンエグ(流行らないまま死語になった語)、その層の人たちの虚飾っぷりのオンパレードという感じの一幕だった。「異物感」と書いたのは一幕の終わりごろにパトリックがシリアルキラーになり始めるから、その闇みたいな面を見てそういう言葉が出てきたんだと思う。周りの登場人物たちみたいにひたすら浮かれ騒いでるならある種楽しそうだなとも思うけど、パトリックはそういう内面の闇とか苦しみみたいなものも見えるから、なんかよりいっそうお近づきになりたくないというか(-w-)面倒そうだし実際に危害を加えてるし、うわぁ…としか思わない人物だったなぁ。一幕の最終盤、ポールを斧で攻撃する時の一振り目が、上から振り下ろすんじゃなくて、ポールの顔(顎)に向かって下から振り上げてたのがめっちゃ怖かった(-w-;)なんか下からのほうがよけられない、逃げられない気がする。こわー。あと一幕のラストカットはポールの生首を持って記念撮影した笑顔のパトリックの写真(笑)がメインビジョンに大きく映ってたんだけど、これから20分間の休憩に入りますという場内アナウンスの時、その生首のポールの口がぱくぱく動いてそのアナウンスを言っているという仕掛け?だった…ざわつく客席(笑)こわおもしろいみたいな笑いが起こってた。4/8昼公演のほうが笑いは大きかったかな。
あとそういえばステージ上のビジョンについて。ステージ奥の上方と、そこに何というか着物の合わせみたいな感じで左右から斜めに少しかぶさるみたいなビジョンがあった記憶。違ってたらすみません。それらのビジョンに場面ごとに言葉の説明(yuppie=「ヤッピー」についてとか)、場所の説明(マンションの住所とか、お店の名前とか、「CENTRAL PARK」とか)、あと映像が出てる時もあったかな。なんですが、我的1公演目の4/7、16列・上手側の端の席の時は、特にステージ上手側の文字とかは見切れててあんまり見えてなかった。4/8に観た時に、あ~こういうのが出てたんだ!って初めてわかった場面がいろいろあった。覚え書。
X:『ボディ方面で言うと冒頭の登場のシルエットだけで度肝抜かれた(笑)「美」って感じ』
これはほんとにそう(笑)ステージ奥の大上段みたいな構造物の後ろから階段を上って登場するんだけど(階段は見えないけどたぶん階段)、その構造物の最上段に立った時のシルエットよ…均整の取れたという言葉がぴったりすぎたよ…逆光とスモーク?みたいな感じだったのかなぁ正確には違ってたかもしれないけど、最初そういうふうに「シルエット」での登場だったので、なんか余計に「美」が際立ってたというか。。個人的に鮮烈な瞬間だった(@w@)あと白ブリーフ論争(論争?)については、この80年代当時は私の記憶が正しければまだボクサーパンツというものは存在してなかった、あってもトランクスだった(←時代の生き証人)ので、個人的には白ブリーフで無問題。ただ、ヘッドセットマイクの機器をそのブリーフの腰のあたりに入れ込んでる関係でだと思うけど、ちょっとフォルムがもたついてる感は否めなかった。サイズがたぶんやや大きめなんだよね~もうちょっとジャストサイズのブリーフならなおよかった気はするけども。でもこれはしょうがないよね…機器がもっとスリム化・小型化される未来に期待(笑)
ボディの美については後ほどもうちょっと書きます(笑)
X:『観た観た~2幕ちょっと難しかったね…でもモノローグのとことかラストの歌とかすばらしい😊』
↑二幕の観劇後。一幕で2人餌食にして、二幕はもうそこから歯止めが効かないみたいに次々と…あと「●REC」(録画)ってビジョンに出てたのも二幕だっけ、ポールの時も出てたっけ…それが私の中ではすごい嫌悪感があって、●RECって見た瞬間に私の眉間に縦じわ入ったと思う(-"-)悪趣味、醜悪。。って感じだった。街で拾ったみたいな女の子たちとそういう狂宴に興じて(っていうか、させる側とさせられる側って感じだったけど)、そこらへんのシーンでのパトリックは一幕でも見た白ブリーフ1枚、プラス、パトリックの毒牙にかかって血だらけになった女の子たちによって、全身の素肌に赤い血の跡(手の跡)がべったり付けられている、という姿。そしてそのあたりから劇としての様子がおかしいというか、秘書ジーンとのオフィスでの場面、惨劇じゃない普通の場面でも、そのパンイチ手跡べったりの姿のまま。なんか…えっなんか妄想の中とかなの…?って感じでちょっと思ってはいたんだけど、さらには、亡骸をも跡形もなく片付けられたはずのポールにロンドンで会ったという探偵さんも現れて、えっ…どういうこと?いつのポール?時間軸が…?と頭が混乱しているうちに二幕最終盤、確か歌の中でだったと思うけど、この酷いパトリック・ベイトマンは「概念」で、この惨劇が本当に起こっているかどうかはあなた達の認識にまかせる(※意訳)って感じのことが観客に告げられて、え…えっと…夢オチではないけどこれはえっと…となる私(笑)さらに、後刻パンフを読んで、そうだよねそうだよね…!!となるわけなのですが(後述)、この時点では戸惑いのほうが大きかったというか、それで「ちょっと難しかった」という感想になったのかと。でもまあ「概念」っていう理解でいいなら怖くないしいっか(単純)病気の子はいなかったんだな…よかった…的なやつね(-w-)
パトリックのモノローグのところとラストの歌、これ本当にすごかった。モノローグでは陰と陽みたいな二面性を交互に演じてて、その切り替わりというか落差というか、キレがすごくてハッとした(・w・)あとラストの歌、やはり大詰めだし大迫力で、貫禄ある感じでとても良かった。後述するけど今回ほんとに歌とかその役柄そのものの存在感がすごく強かったと思う、労力という点では前作の「東京輪舞」もかなりのものだっただろうけど、今作は最初から最後までずっとパトリックという1人の人物だったから、観てるほうとしてはその1人の人物から受ける重みみたいなものがかなり強かったなぁと。あと二幕ではジーンとのあれこれがあるんだけどこれについても後述。なんか後述後述ばっかりでわかりづらいですかねぇすみません<(_
_)>

続きまして同日、ちょっと落ち着いてからのポスト。
X:『スーツ👔スリーピース👔上が裸でスーツのパンツのみでサスペンダー肩から外して腰のとこに垂らす(←これいちばん好きだったかも)すべてよかった💘💘』
↑落ち着いてないような(笑)この日は昼公演のみの日で、公演後にちょうど舞台映像の一部が公開されたんだよねー。それをパルコステージ様の公式Xで見たことを受けての、私のこのポストだった。いや~眼福(≧w≦)(笑)ストライプが入った80年代っぽいダブルのスーツ(スリーピース)、整髪料でセットした髪、そんなエリートビジネスマンスタイルの似合うこと似合うこと…!!脱いでなくてもすごい!!(笑)あと上半身裸+腰サスペンダーね、KARAの「ミスター」スタイルね(私の中ではそれ)KARAもヘソ出しで腰のあたりは素肌が出てたので、私の中でパトリックのスタイルとリンクしたのだった。あのスタイルは女の子たちがやっても超かわいかったけど、殿方(上半身裸)がやっても実にいいなと思った…何て言うのかなぁ上が素肌+下が布(若干ゆとりのあるシルエット)+そこに飾りのように揺れるサスペンダー、というバランスが完璧なのよ!!好き!!(笑)思ったけどポリネシアンダンス(フラとかタヒチアンダンス)とか、ベリーダンスのコスチュームなんかもそんな感じだよね!世界的美スタイル!!(≧▽≦)パンイチのみでのシルエットも目を見張るほど美しかったけど、そこにスーツを着込んでも、腰サスペンダーでもこれまた美しくて、そんなふうにいろんなスタイリングでほとんど出ずっぱりでずっと眼前にいてくれてほんとありがとう(-人-)って感じだった…眼福かつ至福(^人^)
X:『共演の皆さんもとてもよかった…あと個人的には♪rule the worldがキーポイント(?)だった』
共演の皆さんについてちょっとだけ…なお音月桂さん(ジーン)、玉置成実ちゃん(コートニー)については後述。
石田ニコルちゃん(エヴリン):次々変わるエヴリンのお召し物かわいかったな~個人的にいちばんテンション上がったのはどこかのビーチにバカンスに行った時の赤地×白の水玉のワンピース!!(水着?)かわいい!!ああいうの着たい!!(♡▽♡)と見てて大興奮だった(笑)あと声もかわいくてキュートだった…シアターでパトリックを置いて帰る時(だっけ?)の、エクスキュ~ズミ~エクスキュ~ズミ~の声と動きめちゃかわいかった(笑)面白かわいくて客席から笑いが(笑)
大貫勇輔さん(ポール):ダンスがめちゃ素敵だった~キザで鼻持ちならないポールというキャラクターに優美なダンスがよく合ってらっしゃった(もちろんほめ言葉)
秋本奈緒美さん(パトリックのママ、他2役):パトリックがおかしくなったのはママが毒親だったからなのかな~と思いながら見てたけど、別におかしなママじゃなかったような…普通に息子がかわいくて愛してるママだったような。歌も素敵だったし(これはママというより秋本さんの魅力ということになるけど)お歌聴くの楽しみだったので聴けてよかった。
原田優一さん(ルイス):今回この方が笑いの大部分を担ってらっしゃって楽しかった(笑)我的2公演目を観劇し終わった後、メモに「ホームレス→ジム 転換」ってメモした(笑)パトリックとホームレスの老人の場面の後、フィットネスのジムに場面転換する時、あ~!あなたがその構造物を回転させてたのね~!!と気づいて感動したので(笑)皆さんそうだけど、役を演じる他にもそうやって物の移動とか設置とかの重要な動きを担ってらっしゃったりしてすごかった(^▽^)
他にも、パトリックの同僚のボーイズの皆さんや様々な場面でのガールズの皆さん、私が2公演観た時点ではお名前とかを存じ上げてなくてお1人ずつの感想を申し述べられず申し訳ありません<(_ _)>って感じだったんだけど、観劇後に皆さんのSNSを拝見したりしてだんだんお顔なども覚えてきて、観劇終わったけど眼福(*・w・*)ってなってる現在です(笑)特にガールズの皆さんのお衣装とかは見てて楽しかったな~たぶんいちばん好きだったのは、白シャツ(ブラウス)の上に赤の細ベルトで各々ディテール違いの装飾が付いてるやつ…ちょっとボンデージ的な…ちょっとドキドキするやつ(笑)でもどっちかというとかわいい寄りだったかと。あとコング桑田さん!ホームレスの老人、予約の取れない高級レストランのスタッフ、ポールの行方を追ってパトリックを訪ねてくる探偵さんと、それぞれカラーの全く違う、なおかつそれぞれこの物語のキーポイントになる役を演じておられて印象深かったです。秋本さんもだけど、パトリックのママじゃん…とならないように役を演じ分けるのは大変だろうなぁ…皆さん本当にすごい(-w-)
あと「rule the world」(原題「Everybody Wants To Rule The World」)については、劇中の2曲目、パトリックのオフィスでジーンが1人でこの曲を歌ってた(という記憶なのですが間違ってたらすみません<(_
_)>)それと、カーテンコールの時にかかってたのもこの曲だったので、私の中ではジーンのテーマ、かつ、この舞台のキーポイント曲として認識されました(勝手に)この点についてはあらためて後述したく。80年代の洋楽とおぼしき曲が劇中でたくさんかかってたけど、この曲は私が元々知ってた数少ない曲であり、すごく好きな曲でもあったので、イントロがかかった時、!(・w・)ってなってなんかすごいうれしかった(^w^)私が知ってたのはこの曲と、幕間の1曲目にかかってた「Girls
Just Wanna Have Fun」だけだったな…1日目も2日目も幕間にロビーに出ましたが、その時にかかったこの曲で、ノリノリでステップ踏んで歩きそうになってちょっと困った(笑)思い出の覚え書(笑)
X:『パンフ読んだ~河原さんのこの作品に対する第一印象がすごいわかる~って感じだった』
↑夜、ホテルの部屋でパンフを読んだら、河原さんも夢オチ云々っておっしゃってて、ですよね~!!となる(笑)登場人物は「概念」で実体がない存在って、いや世の中のフィクションというフィクション全部そう~!!!っていう(笑)私にとってはなかなか斬新な帰着だったな…フィクションであることを利用する手法とかあるにはあるけど(例えば作中の登場人物と作者が会話するとか…これ私好きでやりがちなやつ…)、何ていうかそれ以前の大前提っていうか。。でも今作はその結末にたどり着く前に、様子がおかしいところ(前述)とか、時間軸の認識を混乱させる探偵さん(前述)とかが出てきて、「?」っていう感覚を事前に少し教えてくれる感じがあったのが好きだったかも。あと、顔や体に赤い血の手跡が付いてるパトリックは、なんか「耳なし芳一」みたいだなぁと思いながら私は観てて、そういうところにも「フィクション」「物語」っぽさはあったのかもしれない(まあ耳なし芳一自体は思いっきり日本のものだから、原作がそう意図してるわけではなくて偶然みたいなものだけど)舞台って生身の人間の皆さんが演じてるから、フィクションっぽさを出すのって逆に難しいのかもしれないけど、個人的にはこの耳なし芳一みで、なんか漫画みたいだなぁ(←漫画で描かれてる耳なし芳一のイメージが浮かんでた)と何となく思ってはいたので、「概念」「実体がない」という帰着に納得感はある。。まあ最初はそんなのありなのかと戸惑ってたので後付けみたいな納得だけど。
あと、パンフ読んでなるほど~!!と思ったのは、「サイコ」という語はサイコキラーでもあるけど「心理」でもある(意訳)ということをある方がおっしゃってて、なるほど~~当時のアメリカのヤッピーの心理ね!!と、すごく腑に落ちました。一幕のめくるめく空虚さは「心理」そのものだわ。なるほどなるほど~。psychology(心理)とpsychopath(サイコパス)、どちらも含むアメリカン・サイコというタイトルは実にぴったりだなぁと思いました。
X:『あとそういえば今日、くまちゃん…🧸😳と思ったけどパンフにもいた(笑)』
くまちゃんパンフにもいたんだけど、モノクロ写真だったので色の確認はできなかった(笑)そして、パンフに載ってるぐらいだから重要な存在なのよくまちゃんは!と信じてやまない私(笑)劇中でどういう役割だったかは割愛しますが、登場した時、わあ…くまちゃん…(≧w≦)って感じだった(何…?笑)人間を配置すると問題がある時に、代わりにくまちゃんが配置されるというロンパールーム方式。わかります。(笑)人間そのままだと問題ありありなので…でもむしろくまちゃんだからこそ自分の想像と向き合うことになってえろいよね…これ東京輪舞方式…などといろいろくまちゃんに思いを馳せました(≧w≦)(笑)

翌日、我的2公演目(4/8昼公演)の観劇後。
X:『昨日より席近くて大堪能だった(≧▽≦)なんかやっぱり2回目観るとちょっとかわいく見えてくる(笑)でもなぁ~席効果だよなぁ~人物そのものは魅力的ではないよなぁ~~まあ実体がない(らしい)からいいけど😌』
前述したようにステージ上部のビジョンもよく見えるようになり、あ~映像にもパトリック映ってたりしてたんだ~と気づいたり、もちろん一幕冒頭からの裸体美祭り(笑)も前日よりお近づきの距離で拝受いたしました(-人-)お顔も精悍という言葉がぴったりだよ…ジーンへのバックハグいやハグ以上のあのその…のとことかめっちゃお顔見ちゃった(詳しくは後述…笑)そんな効果?もあってか、前日よりちょっとだけ情にほだされそうになる私(笑)でも何というか、実体がないと言われると急速にどうでもよくなってくる感じもあるなと思った(-w-)自由すぎるとつまらないって本当にそうね。と、妙な納得感もあったり。そうなると残るは目の保養を求めて鑑賞するのみ(笑)でもこれまさにパトリックたちの構造だよなぁ~中身が何もないから外見に注力してる。なるほどなぁ。なんかそんなところも妙に納得したのでした。だけどそれを表現するために役者さん達はめちゃくちゃ努力が必要っていうのも何ていうか皮肉な話だよなぁ…とも思ったり(・w・)旦~~
皮肉というか…外見を磨くのも努力の一種なのか…という気づき(^w^)旦~~ 作品としてそこまで意図してるのかはわからないけど…少なくとも私にとってはそういう気づきもありました。これについてはまとめの時にまた書くかも。
X:『カテコ3回目の時に昨日は河原さんがお出ましだったと思うんだけど今日は河原さんじゃない方(かた)…だと思う…翻訳の方かな?お名前失念しててすみませんm(_
_)mその直前になんかニコニコしてたのはそれ?隣のジーンさんとかとニコニコし合ったりしててかわいかった😄』
↑これは私の間違いでした…重ね重ねすみません<(_ _)>後からお顔の記憶を思い出した結果、両日とも演出の河原雅彦さんだったなぁと思いました。ちなみに翻訳の方は福田響志さん、「ブロードウェイと銃弾」演出の福田雄一さんのご子息。
カテコでニコニコは間違いじゃない(笑)理由はわからないけどニコニコし合ったりしてた(^w^)前日4/7はそういうことは特になかった記憶。両日ともカテコ3回、3回目で場内スタオベ。両日とも最後にゆうやくんがステージ下手側の端っこに1人残って、ちょっと場内を見て両手でバイバイって感じだったかとヽ(^w^)ノ 私も両手でバイバイしたらもういなかった(笑)それぐらいのきびきびした動きだった記憶(笑)
X:『あと席が共演者さん達が降りてくる通路沿いで、私の席のすぐそばにたまきなみちゃん!!体ちっさい!!ウエストほっそ!!ラストに一同お辞儀の時に、床に頭つきそうなぐらい深々とお辞儀してたから、紙吹雪が髪からはらりと落ちて、わあ~~好きになっちゃう~~~!!😆と心で大興奮だった(笑)』
前後しますが二幕の最終盤、パトリックとエヴリンの結婚式かパーティーの時だったかな?キャストの一部の皆様が1階席の前半分ぐらいの通路に降りてきて、↑私はこのように心で大興奮だった(笑)今回、観劇の前からお顔とお名前を存じ上げてる方って私は少ししかいなくて、その中の1人が玉置成実ちゃんだったので楽しみにしてたんだけど、これほどまでにお近くでご拝顔できるとは…!位置的には私の席のほんの少し前まで歩いてきて、あとはくるっとステージのほうを向いての歌(確か)だったので、正確にはご拝顔よりも後ろ姿のほうを多く見たということになるんだけど、そのウエストの細いことよ…!!ウエストというか体が小さい!!結婚式の参列服みたいな白っぽいワンピースドレスで、おそらくオーダーメイドでジャストサイズのウエストだから、その細さがめっちゃ目に見える形ですぐ目の前にあって驚愕だった(・w・;)あとたぶん腕・肩・背中の素肌が広く出てて、鳥肌が立ってるのが見えたので(ほんとにそこまで見えた)、寒いんか…?寒いんか…?終わったらすぐあったかい格好しいや…?と私の中のエセ関西人が出現した(-w-)女子の皆さんもほんとに、開幕前も劇中も、並々ならぬ尽力をしてるんだなぁと思いました…そして歌の後に、ステージ側からまた客席側に向き直って、深々とお辞儀→紙吹雪はらりを目の当たりにして、(*・w・*)って感じになりながら拍手する私…この一連の諸々は時間にしたら短かったと思うけど、何ていうかすごく、一流の人の努力はレベルが違うんだなぁということが目と心に焼き付けられた時間でした。見た目が良いのはとてもすごい。(←心変わり)なんかこの客席降り演出はそういう意図あったのかもという気がするな~間近で見てみいや有無を言わせんぞ!!という(笑)まあそれも私の勝手な想像ですが(-w-)
X:『なんかパトリックとつながるなぁ>RP』
このへんから4/8の夜かな?ドラマ「秘密」の脚本担当・佐藤嗣麻子さんのXポストを見ての感想。一部抜粋させていただきます。
『11話で青木が薪を抱きしめていうセリフです
「あなたが、赦してあげてください」
「あなたがご自分を好きになってあげて下さい」
薪だけでなく全ての人へのメッセージだと思っています
自分で自分を好きになれない
愛せないということが不満や不幸の元凶なので』
これパトリックでしょ~~(;w;)なんか今また読むとパトリック感がすごくあるな。。そういう人だったのかもって今になって思ってます。これも後述しますがパトリックが見せたあの長~~い間(ま)、あれにはそういう、どうしたらいいかわからなさ(っていうかもっとぴったりな言葉あるような気がしてならない…後述の時に思いつけばいいんだけど)、好意を受けてるのに「無」っていう、何ていうかアンテナのなさ(そうそうなんかそういう…)がものすごく表れてて、そしてその裏返しみたいな感じで、パトリックのあの残忍さ、他人を傷つけてるようでいて実はもしかしたら自分自身に向けられてる…自分の何もなさを激しく打ち消すための凶暴な「刃」、という形となって現れてるのかなぁと。ドラマ秘密の薪さんは、自分をぎゅーっと閉じ込めすぎて自分の棘が自分自身に刺さっちゃってるみたいな感じだったけど、パトリックは自分の棘が手のつけられない怪物のようになって他者を襲ってるみたいな感じ。まっどっちも実体がないんだけど(笑)どっちもお話の中の人物だけど、ちょうど同時期に観た作品で、偶然、主人公に共通点と明確な対比があったんだなぁと思って面白かったです。
X:『Rule the worldの歌詞あらためて読んでみたんだけどあんまりよくわからない…帰ったらまた調べながら読んでみよう…でも♪Everybody
wants to rule the world~ってとこは確かにこの作品の言わんとする世界って感じ』
『ただただキーボードの音が好きなだけなので歌詞読んだことたぶんなかった😌』
前述しましたように劇中の2曲目でジーンが歌い、そしてカーテンコールの時にも流れるこの曲。↑これは英語詞を読んでみた時のポストだけど、歌詞全体が抽象的で、何を歌いたい詞なのかがよくわからず。。心象風景みたいだなと捉えると、パトリックの惨劇(=彼の妄想かもしれない)っていうのと共通点はあるのかも…「心の中」という点で。あと、ポストに書いたような「Everybody
wants to rule the world~ってとこは確かにこの作品の言わんとする世界」っていう、その「誰もが世界を支配したがってる」という詞を、劇中でほぼ唯一そういうマウント気質と無縁の人物であるジーンが歌っているというのは、なんか神の視点というか、争い合ってる世界をジーンがただひとり女神のように俯瞰してる…みたいな図が浮かぶなぁと思いました。あるいは、歌詞の和訳や解説を載せてるサイトさんをいくつか見ると、この曲の歌詞は当時の東西冷戦を念頭に置いて書かれているとのことなので、ジーンがこの曲を歌う場所=パトリックのオフィスとのつながりで、単に世界情勢への導入みたいな役割なのかも、とも思ったり。カテコで流れるのも、2025年現在の世界情勢への何らかの喚起。うーんそうなのかも。なんか、私が個人的にこの曲が好きだからっていうのもあって、ジーン女神説みたいなちょっとロマンチックな解釈のほうを採用したいとつい思ってしまう(笑)カテコで流れるのは「結局ジーン勝利の暗示」みたいな(笑)ここらへんはもうちょっと後述したく…パトリックとジーン、と、エヴリンについて(笑)しばしお待ちください(誰もが期待してない説…)
X:『歌ってくれてる音源📻あってさびしくなくて助かる😌それぐらい(ロスになるぐらい)パワーのある歌だった』
これは帰りのバスの中で投稿したポスト。この時の気持ちははっきり覚えてるな。。さびしさを紛らわすために、ラジオで歌ってくれてる音源を聴きながら東京を後にする私(-w-)そして今回、極論すればこれに尽きるというか、ゆうや担として受け取る今作の最大の特徴がこれだったのではと思う…今まで何作かゆうやくんの舞台出演作を観たけど、ここまで観劇後にロスな気持ちになったのはたぶん初めてではないかと。つい先日のラジオ(4/26ベイジャン)で言ってた言葉をお借りすれば、「圧倒的主役感」を出してくれとオファーされてのパフォーマンス。出てた出てた~!!(笑)前述したけど、「今回ほんとに歌とかその役柄そのものの存在感がすごく強かったと思う、(中略)今作は最初から最後までずっとパトリックという1人の人物だったから、観てるほうとしてはその1人の人物から受ける重みみたいなものがかなり強かったなぁと」。そういう人物そのものの存在感、あと歌のパワー。あ~~Drawing歌唱の音源残してくれててほんとにありがとう(笑)もしかしてそこまで考えてくれてた?ロスになるだろうなって織り込み済み?そうであってもなくても本当にありがとう本当におつかれさま(^人^)事後にこれだけ寂しくさせるような圧倒的パフォーマンスだったよ確実に!!そう言える根拠…生きた証拠がここに(*^w^*)

日にちが経ってからの感慨など。
X:『着替えもヘアメイクも何回もやって大変だろうなぁ(@_@)』
『なんか、観てからずっと、すごいなぁ…ってじわじわ思い続けてる…すごい舞台だった』
観劇が終わってネタバレ回避期も終了したので、出演者さんたちのSNSをいろいろ拝見したりして、特にガールズの皆さんの舞台衣装姿のお写真が眼福で(♡▽♡)衣装の数が尋常じゃない的なことを観劇前に何かで見て知ってはいたけど、こっちは見る側だからいいけど演じる側はバックステージで大変なことになってるんだろうなぁと…それもちょっと見てみたい…(笑)あと、ここまで全然書いてなかったけど今回すごいんだろうなぁと思うのは、英語!←すごいんだろうなぁと他人事みたいに書いたのは、実際のセリフとかを聞いて、いい意味で、すごいなぁって思うことがなかったから…という言い方は誤解を生むかもしれないですけど、あのですね、別な例えで言うと、「ストレスなくスラッと読める文章ほど、書くのに時間がかかっているの法則」です(法則名は私が勝手に命名)つまり、日本語の中に英語が交じっているその交ざりの度合いも、セリフ回しや発音も、聞いてて何も特に思わなかった(=ストレスがなかった)というのは、それだけ、入念に練られていて、多大にトレーニングが成されたのだと思われます。そこがすごいと思う。「コートニー」の発音が皆さん「コートニー」じゃなくて「コー(ッ)ニー」だったのが個人的にいちばん好きだった(笑)端的にそういうトレーニングが垣間見える語だなと思いました。←なんかえらそうに言ってますけどただの英語オタクです(実力はともかくの自称オタク)いま思ったけどまさに心・技・体なのでは?心(演技)+技(歌、英語)+体(体)…皆さん本当にすごい(≧▽≦)カテコの項に書くの忘れたけど観劇した2公演とも感嘆の気持ちでスタオベさせていただきました👏👏
X:『たぶんそういうタイプの舞台でもあるんだろうと思う、日に日にノッてきてどんどん行けるような⤴️』
『ミュージカルってそういう感じなのかもとも思ったけど、でもそんな中でも特に、暴れる系って感じの作品だから、ますますそうなのかなと』
↑4/11のエリザベス・マリーさんのXポストで、稽古中や場当たり中とはもはや別物、化けてます。という内容の文言を読んでの私の感想。稽古中・場当たり中→3/30に開幕→そして4/11時点、この期間の中で化けたんだねぇ。さらに後、大阪公演について伝え聞いた時の私のX:『涙流すようになったんだ!輪舞の時もそうだったよね、回を重ねて終盤に近づくほどに感情の高ぶりがより大きくなっていくシーンがあるっていう…舞台が育っていってるというか生きてるものなんだなってあらためて思った😌』…パトリックがモノローグのとこで涙を流していたと。人物の心の動きもより大きく育ち、それによって舞台自体もより大きく育つ…ほんとなら初日、中日、楽日、地方公演、大千穐楽、みたいな感じでその育ち方を観に行ければいいんだけど、時間とお金を湯水のように使える境遇でないと難しいので(-w-)伝え聞くにとどめるしかない、想像するしかないのですが、でもきっとそんなふうに育ってるんだろうなとごく自然に想像できる感じがします(^w^)
X:『あの静かなシーン(場面)ほんとにすごい、客席も含めてその場の全員で大事にしてるシーン(場面)って感じ←場面の「シーン」と擬態語の「シーン」と役名の「ジーン」でややこしい(笑)』
ややこしさはとりあえず置いといて(笑)あのシーンの静けさはほんとにすごい。何秒ぐらいあるのかな。。絶対誰も携帯の音とか鳴らさないでよ…って思うよね…(←祈りながら見てた)幸いにも私が観た2公演ではそのようなこともなく、あの静けさをちょっとドキドキしながら観てました。パトリックの「無」にもほどがあるあの沈黙。エヴリンに対してだったらそうはならないだろうっていうあの沈黙。たぶん、ジーンが「いい人だから」(byパトリック)だよね…好意を告げられたうれしさもあったのかもしれないけど、でも受け入れたらきっと傷つけてしまう(物理的に)っていう戸惑い、その2つが混ざり合って、結果「無」みたいな(-w-)わかるよ~自分の容量以上のことが重なりすぎると無になるよね。。ちなみにエヴリンは「この女でもいいのかもしれない」(←言い回しはうろ覚え)っていう意味の「いい」人(笑)結局パトリックはエヴリンと結婚しそうだったけど、「いいのかもしれない」っていう直感どおり、何だかんだでなんか楽しそうではあるんだよね~エヴリンと一緒になったら人生がラブコメになりそう(笑)それもありかなとは思うけど、でもやっぱり、観客の女性たちのほとんどが自分自身を投影するのって、連れて歩ける女って感じのエヴリンではなく、地味目のジーンだと思うんだよね…ご多分に漏れず私も…ジーンが登場時に着てた服、パトリックに二度とその服は着るなって言われてた服、まさにああいう感じの服でいつも仕事してるし(苦笑)先ほど女神説も書きましたが、ジーンのように真っ当に優しくてマウント気質がない人がもしかしてパトリックを救ってくれるんじゃないか…っていう、自分を投影するとかじゃなくてもそういう淡い願いみたいな思いを持ちながら見てた人は多かったんじゃないかと思います。
だけどねぇ。(何(^w^;))そんなジーンも一皮むけば闇の部分があるのよ。ってことをジーンの黒の下着(スリップ)が物語ってるのよ。←色で物語を見がち(-w-)脱がされる前に着てた服は登場時の1着目よりはおしゃれ感があったけど、やっぱりちょっとコンサバでジーンっぽいなという感じの服で(リボンタイのブラウス+膝丈ぐらいのタイトスカートって感じだったかと…間違ってたらすみません…個人的にはかわいくて好きだった)、でもその中から出てきたのは黒のスリップ。でもやっぱりこれもわかる、いくら女神だ聖人だと言われる人だって中身に闇はあるからね。よく知ってる。(何があった…)いや何かあったわけじゃないけども。だからジーンの黒スリップは納得感があった。そしてそのあとパトリックが黒スリップのジーンに着せたのは、血のような赤のワンピースドレス。「いい人」のジーンを物理的な血で染める代わりに血の赤のドレス着せたよ…!!これパトリック的には実質、僕という人間を受け入れてほしいっていう気持ちと、あなたを大事にしますっていう意味の、ウェディングドレスのプレゼントなのでは…!?と色めき立つ私(笑)でも実際にパトリックとの結婚式の描写があったのは白のウェディングドレスのエヴリンだったけどね…あっ白ブリーフとお似合いってこと…??(笑)ここらへんの色に関するあれこれは個人的に楽しかったな~そこからこのページのデザインも決めさせていただきました(笑)まあ血とか斧とかのイラスト使うのはこわいからその代替策だっていうのもあるけど。内面の闇と血の赤で結ばれたかに見えた2人だったけど、そううまくはいかなかったか…ジーンからのプレゼントも、中身を見もせず鼻で笑って放り投げてたもんね(そこまであからさまではなかったけど雰囲気はそういう感じだった)まあジーンの目の前でじゃなく、いなくなってからだったからぎりぎり許す(笑)ジーンを否定してると言うよりも、俺が結ばれるべきじゃないっていう諦めみたいな気持ち、鼻で笑うのも自分への嘲笑って感じだったのかも。あとすごく覚えてるのは、そのジーンからパトリックへのプレゼントが絶妙にダサそうだったこと…箱のサイズ、形、何だろうあのダサさ…ラッピングというよりも、箱の大きさと形で、中身がダサいだろうなっていう雰囲気をあれだけ出せるのってすごいなと思った(・w・;)本筋には関係ないけど…いやむしろ大いにあるか(ジーンの洗練されてなさを表してる)そんなジーン役・音月桂さんは、そういう洗練されてはいないけどっていうかエヴリンとかコートニーみたいに女オーラむんむんな感じではないけど、かわいらしい女の子っぽさがあって、劇中唯一と言ってもいい気立てのいい人物、というこの役にとてもよく合っていて魅力的だった!宝塚出身の方々ってどうしてこう鈴を転がすような素敵なお声なんだろうか…娘役さんかと思ってたら男役さんのご出身で驚いた(笑)男役さんっぽい颯爽とした役どころも見てみたいと思いました(^▽^)
あとですね(尽きせぬ語り。。)さっき「脱がされる」とさらっと書いたけど、さらっと看過していいシーンではないのよ(笑)コンサバ服を後ろから脱がせてたけど、ブラウスとスカートがつなぎになってて全部前ボタンになっててそこから前開ければ上下いっぺんに脱がせられるのか~へぇぇ~~(//▽//)←平静を保たせるために服の構造を観察する私(笑)今までの観劇でも何回かあったなこのパターン(-w-)その脱がせてる時のパトリックの表情、やっぱり「無」って感じではあったけど、それが逆にどえろくて…無でそういうのするんだ…っていう…←もはやパトリックとして見れてない…(苦笑)全編通してここだけはそういう感じになってしまったかも。。特に7列目で観た時…2公演目だからもう話の筋はわかってたから!!(言い訳(-w-))ともかく、パトリックとジーンのあれこれはいろいろ興味深かったし堪能させていただきました。構造的にはパトリックとジーン、と、エヴリン(笑)カテコでRule
The Worldが流れるのは「結局ジーン勝利の暗示」って上のほうに書いたけど、ん~でもやっぱりウェディングドレス着てたのはエヴリンだし、現在の世界情勢への何らかの喚起ってほうが正解なのかな。。うーんでもやっぱり。。→まとめに続きます(笑)

まとめ。
続き(笑)やっぱり今作の、作品としての最大の特徴だと思うんだけど、実体がないからこっちの好きなように受け取ってよい(意訳)というお墨付きをいただいたので、エヴリンとの結婚式を挙げている途中で何がどうなったかわかんないけどパトリックとジーンが手に手を取って2人で逃げてもいいんじゃない…?←急に始まる勝手な希望的妄想(笑)これは逆「卒業」…!!(≧▽≦)そういうことでもよいのでは?いいよね?もう2人がバスに乗って逃げる時のBGMとしてRule
The Worldかかってるよ(私の脳内で)まああの映画もハッピーエンドに見せて不穏な空気が醸し出されてるけどね…ってそんなに本格的に考え始めなくてもいいんだけど(-w-)「実体がないと言われると急速にどうでもよくなってくる感じもあるなと思った」と上のほうには書いたけど、どうでもよい=どのようにしてもよい(ポジティブ変換)なので、特に観劇が終わって観劇記を書く段では、いろいろ考えをこねくり回してこじつけさせていただきました(笑)そもそも私は怖い系のエンターテイメントをどう楽しんだらいいのかわからないタイプの人間なので(だって怖いから(^w^;))そこじゃなくて構造とかフィクションについてとかを考えるほうにシフトさせていただいたっていうのも大きいけどね。。偶然だけど4/16深夜のNスぺ再放送かな?ボカロ特集っていうのを見てたらちょうど、ボカロは実体がないからこそ共感・投影しやすい、ということを言ってて、これはまさにパトリックでありフィクションそのものの特性…!と、はたと膝を打つ思いがいたしました。
で、今作に限らずだけど、そういう実体のない「概念」を、共感したり投影したりできるように私たちに見せてくれる存在…俳優さんや制作側の皆さんありがとうございます(-人-)という気持ち。。特にパトリックは圧倒的主役感が必要だったし、それを体作りなどで形にして眼前に見せるための労力も大変なものだったことでしょう!髙木雄也くん!!←お名前まだ書いてなかったことに気づいてらっしゃった方おられますでしょうか…一幕冒頭のセリフで「パトリック・ベイトマンであることの全てだ。」と言っていたというのはすでに書きましたが、そんなパトリックの二幕ラストのセリフは、「パトリック・ベイトマンであることの、全ての意味だ。」…意味とは?何を指す?っていうのは私はあんまりよくわかってないんだけど、せっかくなので(?)形だけでもそれに倣って、このページのラストであるまとめに髙木雄也くんのお名前を入れることを、この観劇記の「意味」とさせていただきます(わかるようなわからないような(-w-))


なんか今回、出演者の皆さんがアップしてくださってる集合写真なんかを見てると、今回こそ「文化祭」みたいなのでは?って思う(^w^)もちろんいい意味でね!文化祭って言って怒られそうなら「青春」かな?作品本編は怖い系なのに、見てる私も笑顔になるような素敵な写真とかを惜しみなく公開してくれてるってことは、それも含めてこの作品自体が「エンターテイメント」である証左だろうなって思った…本編の内容(主題)は陰か陽かといえば陰だけど、歌って踊って着替えて脱いで(笑)青春写真もたくさん出して、その陰な内容をエンターテイメントに昇華させてるってことなのかなと(^▽^)
ちなみに私も、おひとり旅だけどこの写真の子たちと青春してます(笑)これもまたフィクションを楽しめる才能かと(笑)イマジナリーお話し相手さん達いつもありがとだよ(お安いごよう!)(さくらきれいだった)
えーっとあとは「後述」全部回収したかなぁ。。し忘れてるものがあることに気づいたらあとでしれっと入れときます(笑)
今ここを書いてるのは4/30の早朝…大千穐楽・広島公演の日!!間に合ったーー(間に合ったのか??)本日の2公演も圧倒的に出しきって楽しめますように!!おやすみーー(-w-)zzz(笑)
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